それからも毎日、つぶちゃんのお墓に線香を手向けては向き合った。
雨が降っても、風が吹いても、雪の日も…
この想いは届くかな…
僕の日課になっていた。
くる日も、またくる日も…
僧侶である僕は、供養というものと今一度向き合ってみようと考えた。
つぶちゃんの[死]が、僕の意識をそちらへと向かわせた。
当時はとても苦しくて辛い事であったが、結局のところはこの経験が僕を僧侶として、また人間として成長させてくれる事となる。
つぶちゃんの[命]が僕にもたらしてくれた、つぶちゃんからの[最期のプレゼント]だと思っている。
僕の成長(まだまだ途中ですが…)
そんな感謝の想いを込めて、引き続き綴っていきます。
つぶちゃんの命日である9月8日。
僕は毎月の8日のたびに、読経をつぶちゃんにプレゼントした。
そして迎えた一周忌も、心を込めて法事を執行った。
その後も8日には、つぶちゃんに読経を届けた。
そうするうちに、薄皮を剥がすように僕の苦しみは軽くなっていった。
同時に、僕にとって[8]という数字が、とても大切な数字に感じるようになっていた。
そして、亡くなって四年目の春。
その時が訪れた。

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