明けても暮れても、内側の浄化を目指しながら苦しみの渦の中にいると、まるで自分は洗濯機の中で洗剤に塗れ、回り続ける洗濯物のように感じるのであった。
抗う事なくただ水流に委ね、いずれ止まるであろう時を待つ…。
やっと止まったと思いきや、今度はすすぎが始まる…。
一体、いつになったら終わるんだ!
きっと、洗濯物もそう思っているに違いない。
そんな発想に至った時、もう何十年も前にサーファーの友人から聞いた話を思い出した。
友人の話はこうだ。
海外では、ウォーターバイクで沖まで出て、とてつも無く高い波に挑むチャレンジャーがいるという。
しかし、そんな高い波に呑まれた時の恐怖は想像を超える。
どちらが上で、どちらが下かもわからず、ただ波の渦に揉まれてしまう。
そんな時、素人は恐怖からパニックになって、もがいてしまい溺れてしまう。
しかし、彼等は違う。
何もしないのだ。
チカラを抜いて抗う事なく、やがて浮き始める時を待つのだ。
人間の浮く機能を信じて。
何十年も前に聞いた話が、今の自分への教訓となっている…
この話も、今の自分の状況を乗り越える為に、天が授けてくれた[天の声]だったのかも知れない。
苦しみの渦の中にいる時こそ、もがいてはいけないのだ。
信じて待つのだ。
苦しみの渦が止むときを…
そして止んだ時、次の行動に移るチャンスとなるのだ。

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