ここのところ、有名タレントさんの自殺が続いている。
今回は、[自殺]という行為について、取り上げてみたいと思います。
僕の体験した[魂の双子]との出会い…
それは僕に、とてつもない[苦しみ]をもたらしました。
抗う事もできずに、僕の意識は[彼女]に引き寄せられていく…。
まるで、強力な磁力を発しているかのように…。
叶う可能性もない[現実]は理解しているのに…
それでも強く引きつけられる…。
近づけば、僕という存在は粉々に砕け散ってしまいそうな、そんな爆弾のスイッチのような存在…。
それでも引きつけられてしまう[矛盾]…
そして肉体に現れ出した[振動・バイブレーション]…。
更には、僕の内側の崩壊…。
怒りや憎しみ、悲しみや不安…
そんな[負のエネルギー]が溢れ出し、僕の精神は破綻していった。
以前の投稿と重複しますが、その時の[現状]を精神医学からみれば、精神を病んだ[鬱病]等の名前をつけられた事でしょう。
しかし、僕には[原因]がわかっていた。
[ツインソウル]
それが答えである事を…。
自分の[汚れ]に気づかされ、意識が自己否定に傾き始めると、そこからが[エゴ]との闘いの始まりとなった。
外見からは計り知る事のできない、僕の内側で起きている[戦争]…。
そんな[絶望]の中にあっても、不思議な事に[自殺]という行為に向かう事はなかったのである。
苦しみは6年以上も続いている。
しかも、今も継続中なのである。
そんな状況にありながら、なぜ[自殺]という方向に向かわないのか…。
その答えは、無意識の内に理解できていた。
[自殺]で解決できる問題ではないことを。
この[苦しみ]は、[魂]が引き起こしたもの。
この[苦しみ]と向き合う事こそが、僕の内側に[魂]を宿し、ここに僕が存在している理由なのだ。
そして、この[苦しみ]を乗り越えた先に、[ツインソウル]のゴールが待っている。
そう心に決意を刻み、この[苦しみ]の浄化作業は始まったのである。
そして、自分の中の[負のエネルギー]と向き合っていると、苦しみの中にも[気づき]と[成長]をもたらされている事に気づかされた。
[苦しみ]と向き合いながら、僕の[意識]が歩んでいるこの[道]こそが、宗教で言う[真理の道]なのだと。
通常、人間は生きながら、意識は外側に向いている。
外側に存在する[刺激]が、生きる対象なのである。
しかし、今の僕は違う…。
僕の[意識]は内側の[汚れ]を掃除しながら、更に奥へと進んでいる。
ある時、僕は理解した。
これが[死]の感覚だ!
僕は生きながらにして、[死]を体験している。
仏教の教えでいうならば、この体験こそが[極楽浄土]への道なのだ。
つぶちゃんの導きがなければ、廃人になっていたかも知れない。
それほど危険なチャレンジであると感じている。
僕の内側の奥への[旅]は、今もなお進行中である。
しかし、僕の意識はすでに変容を来している。
僕の内側に宿る[魂]…
僕という存在は、[魂]を乗せた[タクシー]のようなもの…。
すべて、[魂]に委ねるのだ。
そんな[苦しみ]を経験しながら、浮かび上がるビジョン…。
僕の苦しみ…
それは、洗濯機の中で泡だらけになりながら、抗う事も出来ずに水流に身を委ねる洗濯物のようだ…。
本来の衣服のあるべき姿は、人間の身にまとわられる事である。
衣服にしてみれば、こんなに苦しい[洗濯]なんて望んでいないのである。
[どうして苦しめるの…?]
洗濯機の中で、苦しみ、嘆き悲しんでいるようだ。
しかし、この[洗濯]こそが、次の[出番] を輝かせてくれるのだ。
[輝く]為の[苦しみ]なのである。
もし、その[苦しみ]に負け、洗濯機のコンセントを抜いてしまったら、その衣服は泡だらけのまま洗濯機の中で[終了]となるのだ。
[苦しみ]の渦の中にいる時、もがいてはいけない。
すべてを委ねるのだ。
我々の中に宿る[魂]に…。
いつか必ず、濯ぎから乾燥を終えて[苦しみ]から脱し、日の当たるところへと導かれる。
そして、乾いた時、次の[出番]がまたやって来る!
その時を迎える為に、必要な[苦しみ]なのだ。
苦しくても、[洗濯機]のコードは抜いちゃいけない。
それで全てが[楽]になるなんて大間違い。
泡だらけになりながら、[残念]な姿となって漂い続ける事にならないで欲しい。

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