この世を生きていく中で、誰もが経験する大切な人との[今生の別れ]…。
その[別れ]を迎えたとき、我々は仏教の教えに基づき、目を閉じて手を合わせる。
合掌である。
合掌…。
それは、[向き合う]というカタチ。
この世の[勤め]を終えて去り逝く者と、自分の[心]を向き合わせるのである。
去りゆくエネルギー(魂)は、何処へ向かうのか…。
[想い残し]を抱えながらも自由となった[魂]は、何処に落ち着くべきなのか彷徨うのである。
[導き]を求めて…
それは、海を漂う船に
「こっちだよ。」
と、灯台の灯が手招きするように…。
我々、残された者は[真理]を学び、
その[心]で、
「こっちだよ。」
と導いてあげるのだ。
やがて日常も戻り、いつしか感じることが出来る日がくるだろう。
あの辛い[別れ]を通じて、自分の内側が変化したことに…。
温かい[何か]が備わったことに…。
[温かい何か]
それこそが[愛]であり、導かれた[魂]が温かい居場所を見つけた証なのである。
[死んだらどこに行くんだろう…?]
それは、導いてくれた者の[心]に宿るのである。
その[心]の中で、浄化に向けて[魂]を癒やしてあげるのだ。
そして、もっと居心地良い[想い]の中で癒やしてあげられるように、自分の[心]も成長させて愛で満たすのだ。
[魂]は浄化に向かい、同時に我々の[内側]も成長する。
死んだら終わりじゃない。
そんな、[二人三脚]のような[前進]が待っている。
これこそが本物の供養であり、お互いがこの世で出会えた本当の意味なのである。

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