この世に生まれ落ちた瞬間から、[命]の終着点に向けての[旅]が始まる…。
そこに向かう途中でどんな[景色]と遭遇し、またそこから何を感じるのか。
そして、その[景色]から多くを学びながら、内側のエネルギーを温かいものへと浄化していく。
それが、
[生きる]という事である。
その[生きた足跡]は、同時に[魂]という[記憶媒体]に刻まれていく。
我々は人生という[旅]をしながら、常に不安を心に抱く…。
その[不安]を生み出す原因は、人によって様々ではある。
その[不安要素]について、若者と年を重ねた者との違いを感ずるに、それは[未来]と向きあう[心]の在り方にある気がする。
若者には[未来]に対し、[希望]というパワーがある。
しかし、年齢を重ねて人生の中盤を過ぎると、多くの人たちは[未来]に対しての[希望]を失いかけてしまう。
人生も黄昏を迎えると、身辺整理の断捨離という行動にも現れる。
自分がこの世を去ったときの[後始末]に対する不安であったり、残していく者たちへの不安…。
また、健康に対しての不安…。
そんな[未来]を案じたとき、それは[今]が疎かになっている時である。
[今]が不安定になっている証なのだ。
この世に我々が存在する意味…。
それは[命]を輝かせるため。
[命]ある限り、いくつになろうとも。
では、どうすれば[命]は輝くのか…。
それは、目標達成に向けた努力であったり、時には人助けが出来て気分の清々しい時がある。
そんな時、[命]は輝いているのである。
時には挫折して、再び起き上がり奮起した時、[命]は輝くのである。
[命]の輝き…
すなわち、[魂]の喜びなのである。
未来を案じて[不安]に支配されてしまった時、[命]の輝きはくすみ始める。
未来を案ずるよりも、心を感謝で満たす努力をするのである。
心が[感謝]で満たされれば、未来を不安に思う必要なんてないのだ。
何故なら、その内側の[感謝]のエネルギーこそが、この現実世界の自分を取り囲む環境を創り上げるのである。
そして気づけば、[感謝]に包まれているのである。
[感謝]に包まれたなら、もう何も案ずる必要なんてない。
[今]をただ、笑顔で生きればいい。
もしもの事があったとしても、[感謝]のエネルギーはちゃんと在るべき方向へと運んでくれる。
それが目指すべき、[終着点の景色]なのである。

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