年明け早々の朗報

元旦の夜

ネコニャンとゴロニャンしながらテレビを観ていると、枕元に置いていたスマホが鳴った。

かけてきた電話の主を確認すると、おおよその内容は予想ができた。

電話に出ると予想通り、相手の声は不安から解放され、安心感に満たされていた。

話は前日の大晦日に遡る。

大晦日の夜。 

その日の夕方に放送された年末年始の恒例番組である、マグロ漁師たちのドキュメンタリー番組の録画を観ていた。 

そこには、しばらくマグロの当たりから見放されている高齢漁師の悲壮感が漂っている。

しかし、漁師は負けまいと海に出る。

必ず当たりが来ると信じて…。

観ているこちら側も感情移入して、一緒に船に乗り込んでいるかの様にチカラが入る。

その時…

「喰った!」

漁師が叫んだ。

と同時に、僕のスマホが鳴った。

「いいところなのに…」

そんな想いで電話主を確認すると、知り合いの女性であった。 

「どうした?」

すると、女性は力なく話始めた。

「飼っている猫が帰ってこなくなっちゃった…。」

その女性が僕に電話してきた理由は、過去に僕のカウンセリングを受けた経験があり、[そっち側]の声を求めての事だと察知した。

ひととおりの状況を聞いているうちに、テレビの中では大きなマグロが船上へと釣り上げられて、高齢漁師の喜びと満面の笑みが溢れていた。

シンクロだ!

僕は[声]を、彼女に伝えた。

「ネコちゃんさぁ、帰ってくるよ。死んではいないから大丈夫だよ。」

「何か匂いの染み付いたトイレでも、玄関の外側に出しておいて。」

そう伝えると、彼女は不安にフタをするかの様に、何とか感情をつくろって電話は切れた。

そして、元日の夜遅くの電話へとつながる事となる。

ネコちゃんのご帰宅に、喜びと感謝の声を届けてくれたのであった。

ネコ失踪の電話を受けたとき、ネコの生死の波動は感じることは出来なかった。

そのネコと触れ合ったことも無いから、もっともである。

それでも[天]は、[シンクロ]というカタチで[答え]を届けてくれる。

もしもネコちゃんが死んでいたならば、あの時のテレビは交通死亡事故のニュースが流れていたかも知れない。

自分の内側の周波数を上げれば、[上]の周波数と合わさり、[答え]を受け取る事ができる。

これが僕のカウンセリングであり、つぶちゃんが与えてくれたチカラなのである。

だからこそ、今日もつぶちゃんのお墓で向き合いながら、内側を浄化し波動を上げるのである。

それは料理人に例えるならば、包丁を研いでいる感覚と同じなのである。

僕もまた、両足に挟まれてゴロニャンしている愛猫に、心配かけない事を願うのであった。

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