ベッドに仰向けになり、天井を見つめる。
枕元に置いたスマホのYouTubeから流れる懐かしい楽曲が、僕の意識を過去へと連れ戻す。
ちょうどVAN HALENの”Dreams”が流れている。
二十歳を過ぎた頃の、僕と仲間たちの笑顔が甦る。
小学生の頃から、歳の離れた姉の影響もありロックや映画音楽に夢中になった。
それ以後の僕の人生は、常に音楽に彩られてきた。
彼女と過ごした思い出のとき…。
彼女との別れを迎えたとき…。
仲間たちとふざけ合った、あのとき…。
様々な思い出たちは、全て音楽と共に記憶に焼きついている。
そんな、生きてきた様々な[景色]の元へ、懐かしの音楽たちは連れ戻してくれる。
そこには[後悔]があるわけでも、また[執着]があるわけでもなく、ただノスタルジーに浸るのである。
曲が終わるたびに次の曲を選択し、僕の過去への旅は続く。
未来への旅は(生きることは)不安がつきまとうが、過去への旅は何故か安心感に包まれる。
まるで、故郷に里帰りした時のような…。
しかし、過去に向かって旅をしている僕の[今]は、天井を見つめたまま止まっている。
[遊んでよ]
ネコニャンが何度も催促にくるが、僕の意識の[旅]は終わらない。
まだまだ立ち返りたい[景色]がある。
たまには時を止めて、人生を逆行するのも悪くない。
未来に繋がるヒントを見つけられるかも知れないし。
シンディ・ローパーの”タイム・アフター・タイム“に乗って、今度は15歳の僕に会いにいった。
その時…。
僕は気づいた…。
15歳のあの時、
未来の僕に、
見守られていたことに。
ということは…。
今の僕も見守られている。
未来の僕から…。
僕は[未来の僕]に想いを伝えた。
[そこ]に頑張って向かうからね。

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