また、今日も…

今日は地域の行事である追弔会(ついちょうえ)の依頼があり、読経を勤めた後に法話をさせて頂いた。

同じ地域に暮らしており、今年にお亡くなりになられた方々を偲び、地域として供養を執り行う行事である。

法話については事前に用意したり、まとめておく事は一切なく、出たとこ勝負のその時の“閃き”で言霊は生み出されていく。

30人程が集まる“空間”を、僕の“言霊”が漂っていく。

僕の顔をしっかりと見ながら、話を受け止めてくれる人…。

うつむきながら話を聞いている人…。

目を瞑り、話をイメージに浮かべながら吸収していく人…。

そこには、“同じ景色の中”に存在しつつも、集まった人々のそれぞれの“世界”が存在する。

30人いるとするならば、30通りの“世界”が存在するわけである。 

“世界”という表現が分かりづらいのならば、30の“色”が存在するのである。

僕はある人に質問した。

「この空間は、何色に見えますか?」

その人は、

「えっ…、色ですか…?」

と、戸惑ってしまった。

僕は続けた。

「僕には虹色に見えるのです。亡くなられた方々の“想い”が、こうして集まってくれた方々に対して“喜び”と“感謝”の虹となって見えるのです。合掌とは、両手を合わせます。でも、その“意味”を改めて感じながら、手を合わせる人は少ないでしょう。合掌の意味とは、“向き合う”という意味。では“何”と向き合うのか?それは自分の“内側”なのです。今、自分の“内側”は波立っていませんか?“怒り”に支配されていませんか?その“内側”の状態が、この“外側”の世界を創りだすのです。もし、“外側”の世界が“虹色”に見える時を迎えたなら、その時はまたゆっくりお話しましょう。きっと、話が弾むと思います。」

そう締めくくり、話を終えた。

僕の“内側”に存在する“虹”を、今日は感じることができたのである。

よって、今日の法話となって、皆さんに届けることができたのである。

その“虹”を僕にもたらせてくれた存在こそが、”つぶちゃん”なのである。

追弔会を終えて自宅に戻ると、早速つぶちゃんと向き合う…。

暫くすると、足元に気配を感じ視線を落としてみると、そこにはカミキリ虫が僕を見上げていた。

つぶちゃんメッセンジャー

今日も来たよ!

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