戦友たちの絆

“つぶ塾 げんこつ倶楽部”

僕が2000年に立ち上げた、ちびっ子たちのボクシングクラブである。

クラブの名前の由来はおいておくとして、“つぶちゃん”の名前はそこから来ている。

当時、名前もつけずに“噛め!ちゃん”と呼んでいたのだが、ちびっ子たちが“つぶ塾のつぶちゃん”と名付けたことが、“つぶちゃん”の歴史の始まりとなった。

たくさんの生徒から愛された“つぶちゃん”であったが、その生徒たちも今や30歳を迎えた子もおり、時の流れをつくづく感じるのであった。

そんな折、僕の生徒であったT君の近況を知ることとなった。

そのT君は現在23歳となっており、会社員勤めをしているのだがペーパードライバーとの事であった。

免許があるにもかかわらず、車を運転したくない“事情”がT君にはあるようだ。

車社会から取り残されてしまっているT君…

“事情”はどうでもいいが、車に乗れるようになりたいかとT君に確認してみると、本人はとまどいながらも…

「いつか、この壁は乗り越えないといけないかな…」

と、自信無さげに返ってきた。

「じゃあさ、懐かしい“つぶ塾”のメンバーも集めて、昔を懐かしみながらお前の自動車教習やるか?」

「こんなチャンス、滅多にないぞっ!」

そう言って背中を押してみると、

「少し考えて返事をします…。」

と返ってきた。

数日後、

T君からの“前向き”な返事を受け取った僕は、“つぶ塾 げんこつ倶楽部”の最初の教え子であり、今現在も共に人生を歩む弟子のY君にお願いの連絡を入れた。

するとY君も快諾してくれて、同じく“つぶ塾メンバー”である弟のA君も参加してくれる事となった。

そして今日、

その当日を迎えたのであった。

14時に我が家に来るように指示しておいたが、15分も早くT君は現れた。

こちらの準備がまだ整っていなかったので、T君に詫びると…

「つぶちゃんに会いたかったんで、早めに来ました!」

と答えが返ってきた。

「T君ってさぁ…、つぶちゃんが死んじゃったの知らなかったかな…?」

そう聞き返すと、

「知ってますよ。だから、お参りに来たという意味です。」

そんなT君の言葉に、僕は温かい気持ちに包まれた。

お墓の前にしゃがんだT君は、目を閉じて“想い”を伝えていた。

その流れで、僕はT君に伝えることにした。

“僕とつぶちゃんの不思議な交流”を…。

つぶちゃんが亡くなり…

想いを届けつづけ…

やがて、想いは届き…

“つぶちゃんオーラ(虹)”となって現れた…

このblogで紹介してきたように、スマホに撮り溜めた写真と動画を見せながら…。

画面の中で僕の身に起きる“不思議な現象”に興奮しながら、やがてT君の意識は“そこ”に集中していった。

「この現象、信じがたい現象ですが、こういう世界は本当にあるんですね…」

そんな会話に花を咲かせながら、“兄弟OB”の待つ待ち合わせ場所へと移動した。

海を埋め立てて作られた、海鮮広場が今日の“練習場”である。

Y君&A君の“OB兄弟”と合流し、T君はしばし再会を喜んでいた。

十数年ぶりの再会か…。

いよいよ“教習”がスタートすると、運転席に座るT君の鼓動が聞こえてくるようであった。

教官である三人は、リラックスできる雰囲気を心がけながらアドバイスを伝えていく。

それに答えるかのように、T君の調子も上がっていく。

当初の予定では、今日は一般道には出ないつもりでいたのであるが、思いのほかノリノリの雰囲気に流されて“冒険”へと流されていった。

途中、

何でこんな時に…

と思わせる場面も登場したが、

一行は無事に、海鮮広場に戻ってくることができた。

T君の表情に、どこか“自信”を感じたのは僕だけだろうか…。

僕は嬉しかった。

幼い頃、

共にボクシングというスポーツで苦楽を共にした友情が、今もお互いの人生を支えあっている。

僕の人生の中で、このすばらしき“ご縁”に感謝である。

車を広場に止めたとき…

“OB兄弟”が声をあげた。

「うわっ!すげぇ虹だっ!」

僕は感じた。

つぶちゃんオーラだ!

そして、

T君も感じた。

「先生がさっき見せてくれた写真や動画の流れだね!」

僕は答えた。

「T君がさっき、お墓参りで伝えた想いが、つぶちゃんに届いた証だぞ…」

東の空で、

大きな“つぶちゃんドラゴン”が、

“つぶ塾 げんこつ倶楽部”の再会を、

笑顔で見守ってくれている。

今日も幸せな一日だった。

みんな、

ありがとう。

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