陰と陽

先日、日本列島を包み込んだ大寒波…

僕の暮らす地方も雪景色となった。

つぶちゃんのお墓も雪化粧を施され、その前でいつものように向き合う。

冷え切った白い世界の中で、ローソクの灯りが対照的に燃える。

ふと気配を感じて頭をあげると、視線の先の空き地を野良猫がトボトボと背中を丸めながら歩き去っていく…。

いつも我が家のネコニャンにちょっかいをかけにくる、近所でも有名は迷惑野良猫である。

チャンスがあれば勝手に家に上がり込み、餌を拝借して帰っていくような太々しさも、さすがにこの冷たさの中では同情を誘う光景であった。

どうしてあげることもできない“現実”を瞼に焼きつけると、同時にネコニャンの姿が浮かんできた。

生まれて数ヶ月の野良経験を経て、ネコニャンは僕のもとに辿りついた。

それも、つぶちゃんの命日に…。

当初のネコニャンは怒り、

そして怯えていた。

でも、今では“怒り”から解放され、

幸せに暮らしている。

僕の目を通して映るこの世の中の“景色”は、

全てが僕の“内側のエネルギー”が創り出した景色。

ネコニャンという存在は、僕の内側に宿る“魂の傷”の現れだったのである。

そんなネコニャンをお世話しながら6年の歳月を過ごす中で、僕の中の“愛のエネルギー”はネコニャンを通して成長させてもらった。

ネコニャンに“愛”を注ぎながら、僕の中に備わるその“愛”を実感できるようになった。

これが意識の“成長”であり、その成長した“愛のエネルギー”が、“魂の傷”を治療してくれるのである。

優しい表情に変化したネコニャンの姿は、“愛”のチカラで治療が終わった僕の“魂の傷跡”の姿なのである。

一方で、

先ほど僕の前を通り過ぎていった野良猫も、

これまた僕の“魂の傷”の現れなのである。

僕の中に宿る“魂”には、

まだ治療しなければならない“傷”が存在している。

この与えられた“命(時間)”の中で、

その“作業”は続いていく…。

この“魂(バトン)”を次の“命”に引き継ぐ為に、少しでも“傷”を癒して引き渡すことが、

僕の命の“使命”なのである。

もちろん、

僕を“その意識”に向かわせたのは、

“ツインソウル”という存在なのである。

凍えそうなほどに冷え切った身体を気遣い、

僕はつぶちゃんのお墓を後にした。

暖を求めて部屋に戻ると、ストーブの前で気持ち良さそうに横たわるネコニャンの姿があった。 

ネコニャンの姿が、

シ・ア・ワ、セ

と語っていた。

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