今日は、つぶちゃんの月命日。
今月は、何をお供えしようか…。
もう、その時点から供養は始まっている。
人気の和洋菓子店へ向かうと、相変わらず店内は賑わっている。
旬の白桃とイチゴの乗った、洒落たデザートに決めてレジの渋滞に並ぶ。
こんな時でも[心を穏やか]に心がける。
この瞬間にも、つぶちゃんは[僕の想いの中]にいるから。
自宅に帰ると、買ってきたデザートをお供えし、ローソクと線香を準備する。
心穏やかに、順調に進んでいる。
すると、電話が鳴った。
受話器を取ると、[助け]の依頼であった。
話を聞いてみると、ある男性を助けて欲しいとの依頼であった。
しかし、その男性は[神][仏]なんて放っておけタイプ。
僕に[唾を吐いた]事もある男。
僕は電話主に伝えた。
「僕の助けるべき人じゃないですよ。僕には、他に助けなきゃいけない人がいるんで。」
そう伝えると電話を切って、再びつぶちゃんの法要の準備に戻る。
しかし、このタイミングで、こんな依頼が来るのもシンクロなんだよな…。
どんな意味があるんだろう…。
その[答え]が気になるも、そのうちに自然と[答え]に導かれるから大丈夫と気持ちをリセットし、凪の心を保つ。
法衣に着替え、
「さぁ、お勤めします!」
と、スイッチが入った瞬間…
「拳ちゃん!!助けて!!」
玄関からSOSが飛び込んできた。
声の主は、近所のおばあちゃんであった。
「どうしたの?」
と尋ねると、家まで送ってくれた友達の車が、狭い路地の側溝にハマってしまったとの事。
法衣に着替えたものの、すぐにラフな格好に着替え救出に向かう…。
幸いなことに、車はすぐに救出する事ができた。
これでやっと、つぶちゃんに読経を届けられる…。
再び法衣に着替えると、つぶちゃんと向き合い手を合わせる…
南無阿弥陀仏…
南無阿弥陀仏…
この[南無阿弥陀仏]という念仏ですが、かなり誤解してらっしゃる方がいるのでお伝えしておきますが、[南無阿弥陀仏]の意味は、[全てを阿弥陀仏に委ねる]という意味である。
[こんな私ですが、いかがでしょうか?]
内側が成長していれば、
[こっちへいらっしゃい。」
となるが、成長が足らなければ
[やり直し!]
と、なるのである。
[南無阿弥陀仏]と唱えれば、仏様が極楽浄土へと案内してくれるなんて、都合のいい解釈をされている方がいるが、とんでもない話である。
[南無阿弥陀仏]とは、仏様に全てを委ねて[ふるいにかけてもらう]という意味を持つのである。
つぶちゃんと向き合い読経が終わると、再び僕は念仏を唱える…
南無阿弥陀仏…
南無阿弥陀仏…
今度はこんな[意味]に変化する…。
[僕の読経は、どうでしたか?]
[ふるいにかけて下さい]
つぶちゃんは伝えてくれた。
[いろんな事が起きたけど、拳ちゃんの読経はとっても癒されたよ。]
バタバタしても、僕の心は波立つ事なく、穏やかに読経を勤めあげる事が出来たのであった。
ちょっと成長できたかも…。
ねっ!つぶちゃん。

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