前回、再び“インターステラー”という映画作品を見直してみて感じたこと…
それは、
“ツインソウル”と出会った僕は、自分の“内側”という“僕の中に広がる宇宙”に存在する“ブラックホール”に吸い込まれてしまったようなものだと気づかされた。
その“深い闇の中”で、“光”を求め彷徨う…
その“光”となってくれたのが、
つぶちゃんからの“メッセージ”であった。
“闇の中の景色”と向き合いながら…。
その“声”に従う…
“出口”を求めて…。
“闇の中の景色”
すなわち、
僕の“内側(魂)の傷”は、
容赦なく僕の目の前に“姿”を現す。
“怒り”や“憎しみ”…
“悲しみ”や“絶望”…
そんな、
僕の中の“負のエネルギー”と共鳴する“出来事”や“人物”となって、現実世界を生きる“僕の道”に立ちはだかる。
“それら”と向き合い、
“波立つ内側”を“凪”の状態に鎮めてやるのである。
それこそが“内側の浄化”へのステップ。
“怒り”で対峙するのではなく、
“愛”で包み込むのだ。
そして、
“愛”で赦すのだ。
5月3日の出来事…
GWという事もあり、
高校時代の同級生のお宅にお邪魔することとなった。
連休などを利用し、久しぶりの再会を楽しむ恒例行事となりつつある。
同級生の奥さんも交えて、スピリチュアルな会話で盛り上がる。
今回は飼い犬や飼い猫がもたらす、人間を巻き込む“トラブル”について語りあったりもした。
楽しい時間は足早に過ぎ去り、
時計は22時になろうとしていた。
そろそろ、おいとましなければと、
僕は腰を上げた。
別れの挨拶を済ませて車に乗り込むと、新興住宅地を抜けていく。
そこを抜けると田んぼが広がり、
その間を走る狭い道を本通りに向けて走る。
この時期はカエルなどが道に出ている事もある為、そんな殺生にも気を配り車を走らす。
にもかかわらず…
突然、小さな衝撃音が車内に届いた。
ドンドン…
車体の下から届いた“その音”に、
嫌な予感に包まれながら車を停めた。
車から降りて後ろに駆ける…
月明かりとテールランプが、白く横たわったものを照らしている。
すぐに理解した。
猫であった…
運転席の視界からは猫の飛び出す姿は確認できず、“音”で異変を気づいた状態であった。
道路は車の幅より少し広めとなっており、両脇は田んぼで草が道に沿って茂っている。
おそらく、
その茂みにいた猫が、
そんなにスピードを出していない僕の車のヘッドライトに幻惑されて、僕の車に“引き寄せ”られてしまったのだろう。
僕の死角から、絶妙なタイミングで…。
すぐに猫を抱き上げると、
僕を見つめて泣き始めた。
ごめんな…
何度も謝りながら、猫の状態を確認する…
タイヤで踏んだり擦ったあとはなく、やはりタイミングよく車の下に入ってしまい、体をぶつけたのだと理解した。
その近くには偶然にして、24時間対応の動物病院が存在している。
「すぐに連れて行ってやるからな!」
そんな言葉をかけながら、猫を胸に抱いて車に乗り込もうとしたとき…
猫が痙攣を始めた。
苦しそうな眼差しで僕を見つめながら…
どうする事もできずに、ただ身体をさすりながら謝り続ける…
やがて、
耳から大量の出血が始まり、
痙攣が止まった。
複雑な心境であった。
苦しみから解放された安堵と、
助けてやれなかった無念…
そして、
殺めてしまった罪悪感。
猫を抱える僕の手も、
真っ赤な鮮血に染まっていた。
僕は猫を引き取ることにして、大きな喪失感と共に帰宅の途についた。
自宅に帰り着くと、ネコニャンが遅い帰りを待ち侘びていたかのように擦り寄ってきた。
そんなネコニャンの頭を撫でていると、
僕の“罪”でネコニャンまでも汚してしまっているかのような“罪悪感”に苛まれた。
猫の遺体を段ボール箱に入れて仏間に運ぶと、しばらく“その姿”と向き合った。
「ごめんね…」
その言葉が精一杯であった。
いつも言うように、
起きる出来事には“意味”がある。
果たして今回の“出来事”は、何を意図して起きたものなのか…
心を落ち着けながら、
遺体と向き合い、
答えに辿り着く。
このblogに書き綴ってきたこと、
それが“答え”なのである。
目の前に横たわる“猫の姿”…
この“姿”は、“僕の姿”なのである。
僕の“内側の状態”が、現実世界に現れるのである。
この“猫の苦しみ”は、
僕の“内側の苦しみ”なのである。
僕の“内側”を映し出したビジョンなのである。
この猫を供養しながら、
並行して僕の“内側を浄化”するのだ。
日々の生活の中から“怒り”や“憎しみ”を手放し、“愛”のエネルギーで“内側”を満たすのである。
そう心に刻み、
僕は法衣に着替えて読経で猫を包み込んだ。
僕はこれから、二匹の猫と共に生きることとなる。
僕と共に“生きる”と決めてやって来たネコニャンと、僕のところで“命の幕引き”を決めてやって来た猫…
その“陰”と“陽”の二匹の猫の姿は、僕の“内側”の“天使と悪魔”の姿なのである。
僕は“ツインソウル”と出会い、
僕の“内側”に広がる“宇宙”のブラックホールに吸い込まれた。
漆黒の闇に…
そして僕は、必死に“光”を目指し出口を求めた。
僕が殺めてしまった猫も、
野良で生きながら闇を彷徨っていた。
そして、
僕の運転する車のヘッドライトの“光”に引き寄せられて命を落とした。
しかし、
猫にはその先で、
本物の“光”が待っている。
猫を“暗闇”から導く本物の“光”が…
その“光”こそが、
僕の“想い”なのである。
必ずこの猫を、
つぶちゃんのように“虹”にしてみせる。
僕の“想い”の中で癒してみせる。
夜が明けて、朝一番で出張の火葬サービスを依頼した。
お昼過ぎにはお骨となった猫。
お骨となって返ってきた猫に、
還骨法要を届けた。
お骨と向き合いながら、
僕は言葉をかけた。
昨夜の“ごめんね…”から、
“ありがとう”に僕の想いは変化していた。
僕に“気づき”と“成長”をありがとう。
いつもいっしょだよ。

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